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第3話 受け取って欲しい

Auteur: るるね
last update Date de publication: 2026-02-05 18:27:55

 鷹宮からドライヤーを受け取ったとき、陽菜の手がほんの少し震えた。

 幸い、鷹宮はそれに気づかなかった。もし気づかれていたら、自分が余計なことを頼んでしまったと責めてしまったかもしれない。

 ドライヤーのスイッチを入れると、その音が部屋の中のすべての音をかき消した。

 鷹宮は二人掛けのソファに少しゆったりと腰を下ろし、背をもたせて座っていた。

 陽菜はその背後に立ち、数メートル先のテレビ画面に映る反射を通して、目を閉じている鷹宮と、緊張した面持ちの自分の姿をはっきりと見ていた。

 ドライヤーの温風は、鷹宮の髪だけでなく、陽菜の手までもじんわりと温めていく。

 見た目通り、鷹宮の髪は柔らかくて触り心地がよかった。最近は仕事が忙しいせいか、美容院に行く暇もなかったようで、初めて会ったときよりもだいぶ伸びている。

 「鷹宮さん、温度は大丈夫ですか? 熱すぎたりしませんか?」

 髪を乾かしながらも、陽菜の中の不安は消えない。ちゃんとできているだろうか、失礼はないだろうかと、心配が次々に湧いてくる。

 鷹宮は優しい人だから、もし不快に思っても、それを口にすることはないだろう。

それが逆に、陽菜の心をざわつかせた。

 「大丈夫。すごく上手だよ」

 ドライヤーの音に紛れて、彼の声は少し遠くに感じられた。はっきりとは聞き取れなかったが、テレビ画面に映る彼の顔は穏やかで、満足しているように見えた。

 味噌汁をテーブルに運ぶ前に、鷹宮は小さなギフトバッグを先にテーブルの上に置いた。

 上品な紙袋には、陽菜も聞き覚えのある有名ブランドのロゴが入っており、持ち手の部分にはリボンが結ばれていて、まるで贈り物のようだった。

 「陽菜さん、開けてみて?」

 味噌汁を持ってやって来た陽菜の視線がその袋に止まったのを見て、鷹宮は微笑みながら促した。

 「わ、私が……開けてもいいんですか?」

 陽菜は戸惑いながらも、思わず聞き返した。

 「今回、取引先が出した新商品の試供品なんだ。女性向けの商品だから、僕よりも陽菜さんに受け取ってもらったほうがいいと思って」

 そう言いながら、鷹宮は自然な手つきで陽菜の手から味噌汁の器を受け取り、テーブルの端に置いた。

 彼の視線に後押しされて、陽菜はそっとギフトバッグを開けた。するとふわりと花のような、心地よい香りが漂ってきた。

 中には、同系色でまとめられた紙箱が入っていた。箱を開けると、そこには一本の香水が。

 陽菜が香水を手に取ると、鷹宮の嬉しそうな声が聞こえた。

 「試してみて?」

 鷹宮の言葉に従い、陽菜は手首に一吹きした。

 箱から漂っていた香りとは異なり、実際に噴き出された香りはより冷ややかで、冬の森に立ち込める雪松のような澄んだ匂いだった。

 この香りは、自分よりも鷹宮のような人に似合う気がした。

 あるいは――記憶の中でいつも誇らしげな顔をしていた、あの人に。

 鷹宮と、かつていつも一緒にいたあの人。

 「鷹宮さん……」

 「うん?」

 楽しげに笑う鷹宮の表情を見て、陽菜は心に浮かんだ言葉を飲み込んだ。

 そしてもう、過去のことを思い出さないようにと自分に言い聞かせ、代わりに鷹宮に微笑みを返した。 

 「ありがとうございます、鷹宮さん」

 「いいよ、気に入ってくれたならそれで十分。この会社の新商品は女性向けだから、僕が持ってても無駄になるし。陽菜さんが受け取ってくれるのが一番いい」

***

 鷹宮が味噌汁を口に運んでいる間に、陽菜は香水の瓶を自分の部屋のドレッサーにそっと置いた。

 花の形をした香水瓶は、白い化粧台によく馴染んでいた。まるで初めからそこにあるべきものだったかのように。

 陽菜がこの部屋に引っ越してくる前から、内装も家具もすでに整えられていた。明らかに女性好みの装飾やデザインでまとめられており、どれだけ陽菜が気にしないふりをしても、これは鷹宮が「誰か別の女性」のために用意した部屋なのだとわかってしまう。

 それでも、先に住み始めたのは自分だった。

 指先で、化粧台の滑らかな天板をそっと撫でる。置いてある化粧品はごくわずかだった。陽菜はあまり自分を飾るのが得意ではなく、普段のメイクもごくシンプルだ。

 そんな中で、ひときわ目を引くパッケージのきれいな化粧品たちは、どれも鷹宮から贈られたものだった。

 最初に試供品として受け取った時は、言葉にできないほど嬉しくて、ずっと胸の中がふわふわしていた。

 けれど、そういうことが何度か続くうちに、陽菜にもわかってきた。

 鷹宮は、できる限りの方法で、自分に“埋め合わせ”をしているのだと。

 この家政婦の仕事は、陽菜が自ら申し出たものだった。そこには、彼女なりの小さな、けれど確かな私心があった。

 鷹宮がそれを受け入れたのは、別に陽菜を哀れんだからではない。

 きっと彼の中にも、人には見せない、見せたくない、そんな秘密があっただけ……

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